「これはなかなか面白い。興味深く読ませてもらった。日本に戻ったら1冊買います」
わが家に3カ月近く滞在し、週明けに帰国する助っ人のおじいちゃん(妻の父)。ここ数日は大雨が続いて外に出られず、本を読んでいます。きのうはスタンフォード大学の青木昌彦名誉教授の自伝『人生越境ゲーム』を読み、感動していました。青木教授と年齢がほぼ同じで、1960年の安保闘争などの話を面白く読めたようです。
それだけではありません。青木教授は「あとがき」でわたしや妻のほか、わたしの父のことまで書いてくれているのです。だからおじいちゃんはこの本を身近に感じたようです。
久しぶりに数年前の記憶がよみがえってきました。青木教授が『人生越境ゲーム』の「あとがき」に書いているように、わたしは同教授の自伝執筆(厳密には日本経済新聞の「私の履歴書」連載)に協力しました。2007年の夏から秋にかけて、カリフォルニア・スタンフォードへ数週間出張して同教授にインタビューしたり、関連資料を集めたり、草稿を用意したりしました。
当時は、長年勤務した日経新聞社を退社したばかり。息つく間もなくほぼ3カ月間、缶詰め状態になるほど忙しかったです。でも、実りの多い仕事でした。マルクス経済学者から数理経済学者へ華麗に転身した経緯をはじめ、青木教授から興味深い逸話を数多く聞けたばかりか、わたし自身にとって「家族再発見の旅」にもなったからです。
青木教授の「私の履歴書」を担当することになったきっかけは、経営学者ピーター・ドラッカーでした。わたしはドラッカーの「私の履歴書」執筆に協力し、それなりの実績を残せたため、日経新聞社から「青木昌彦の履歴書も担当してほしい」との依頼を受けました。青木教授は日本人ですがグローバルな舞台で活躍しており、マネジメントにも造詣が深い経済学者。だから、日経新聞社は「ドラッカーを担当した牧野が適任」と思ったのでしょうか。
ところが、インタビューを進めるうちに、わたしは「ドラッカーを担当したから適任なのではない。まったく違う理由で適任なのだ」と勝手に思うようになりました。青木教授と同様に、わたしの父も若き日は学生運動の活動家。しかも、学生運動の中心舞台だった東大経済学部の出身という点でも青木教授と同じ。2人の間には共通の友人が多数存在したのです。
父は青木教授よりも10歳ほど年上であり、60年安保の時には日本評論社の月刊誌「経済評論」の編集長でした。青木教授と同時期に学生運動をやっていたわけではありません。ただ、全学連の中核組織「ブント」の活動家に雑誌のイラストの仕事を優先的に回すなどで、間接的に学生運動を支援していたそうです。ちなみに青木教授は「ブント」創設メンバーの1人です。
そんわなけで、青木教授の履歴書執筆を手伝っている最中、父に”取材”することも多々ありました。青木教授から聞いた話を父にぶつけ、事実をダブルチェックすることも。ドラッカーの履歴書を担当した経験は役立ちましたが、父の存在はそれ以上に役立ちました。
青木教授の履歴書を担当したことで、学生運動家としての父の知られざる面をいくつも発見できました。脱サラした直後に数か月にわたって多忙な日々を送ったことで、自分の家族には迷惑をかけました。ですが、個人的にはとても意義ある仕事でした。
最終的に出来上がった履歴書は、若き運動家の青木昌彦が羽田空港で現行犯逮捕され、監獄へ放り込まれた話が2回目に登場するなど、刺激的な内容に仕上がりました。読者からは数々の反響が寄せられました。興味ある方はぜひ『人生越境ゲーム』を読んでください。
こぼれ話を1つ。日経新聞を退社後、仕事の同僚や取材先が発起人になって「励ます会」を開いてくれた時、青木教授も駆けつけてくれました。その時のスピーチで、次のように語ってくれました。
「牧野さんが担当に決まってからしばらくして、日経新聞に電話した時のことです。デスクが電話に出て『牧野は休暇中です。勤続20年以上の社員に与えられる永年勤続休暇を取得中で、3週間はオーストラリアから戻ってきません。こんなに長期の休みを取得する社員は、前代未聞なんです』と言われました。ぼくは『牧野さんはそんな人なのか。これなら一緒に仕事しても安心』と思いました」
日本の会社で長期の休暇を取得すると、社内で白い目で見られがちです。労働者の権利として認められた有給休暇を消化しているだけでも、です。青木教授は、かつて「エコノミックアニマル」とも呼ばれた滅私奉公タイプのサラリーマンを評価しないようです。波乱万丈の人生を送ってきただけのことはあります。
少し脱線しますが、2007年夏に青木教授に会うために東京からスタンフォードへ出張した際、「カリフォルニアはなんていい所なんだろう」と改めて思ったものです。毎日が雲ひとつない快晴で、蒸し暑さとは無縁。今思い返せば、「カリフォルニアに住む」という決意を再確認する出張でもありました。
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