企業が危機に対処する方法はそれほど難しくはない--。
きょう(2月11日付)のロサンゼルス・タイムズ紙で、同紙コラムニストのデビッド・ラザラス記者はこう書いています。ブレーキの不具合で車が急加速するため、数百万台規模のリコール(回収・無償修理)を強いられるという危機であっても(つまりトヨタ自動車が現在遭遇している危機であっても)、対処法はいたって単純だと指摘しています。
「分かった事については分かった時点でただちに顧客に包み隠さず伝える。これを肝に銘じておくだけ。分からない事については正直に『分からない』と言う。事実をゆがめて伝えたり、悪い情報を隠したりしているという印象を世間に与えたら、取り返しがつかなくなる」
その点でトヨタの対応はお粗末でした。昨年8月にレクサスを運転していた警察官が暴走し、一家4人が死亡する事故が起きていたというのに、最初はブレーキの不具合を認めませんでした。ロサンゼルス・タイムズに「電子制御システムに不具合の可能性」と指摘されると、「電子制御システムに問題はない」と完全否定しました。
ラザラス記者はこう結論しています。「トヨタは最初に否定し、次にあいまいになり、最後になって渋々と問題の存在を認めた。これでは『顧客第一』はかけ声倒れで、実態は『会社第一、顧客は後回し』と言われても仕方がない」。
参考になるのが、1982年に起きた「タイラノール事件」です。ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は、鎮痛剤「タイラノール」をめぐって毒物購入疑惑が広がると、ただちに全商品の回収に走りました。事実確認を終える前に、です。「顧客第一」を実践して、逆に会社の評判を高めました。
南カリフォルニアをカバーするロサンゼルス・タイムズは、わたしの愛読誌です。編集スタッフがかつての1100人から600人以下へ大幅削減されたにもかかわらず、トヨタ問題では圧倒的な強さを見せています。昨年10月以降、徹底的な調査報道でトヨタ問題を何度も大きく報じています。単なる「ハリウッドの娯楽ニュースをカバーする新聞」ではないのです。
写真は、昨年11月29日付のロサンゼルス・タイムズです。1面トップ扱いで「トヨタはフロアマットが問題と主張。しかし、急加速の事例は電子制御システムへ移行後に急増している」と伝えています。同じ時期、これに匹敵する調査報道を手掛けている新聞はありませんでした。朝刊1面トップでトヨタ問題を報じる日本の大新聞もありませんでした。
年明け以降になって、他紙もロサンゼルス・タイムズを追いかける格好で、電子制御システム問題についても触れるようになりました。アメリカの議会も調査に乗り出しました。実際に電子制御システムに問題があるということになれば、ロサンゼルス・タイムズがピューリツァー賞を受賞することも夢ではないでしょう。
対照的に、日本の新聞は長い間「問題はフロアマット」などとトヨタの公式発表を流すだけで、電子制御システム問題に触れずじまいでした。その点ではロサンゼルス・タイムズ以外のアメリカの新聞(ウォールストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズなど)にも負けていました。「電子制御システムへ移行後に急加速による事故が他社と比べても急増している。トヨタの公式発表は信じられない」という問題意識で取材しなかったのでしょう。
ロサンゼルス・タイムズを愛読しているわたしは、昨年秋から「トヨタは経営の屋台骨を揺さぶられる」と危惧していました。カリフォルニアでは市場シェアで見てトヨタは最大の自動車メーカーです。プリウスはハリウッドの俳優の間でも人気の車です。そんなトヨタ車に対する信頼が大きく揺らいでいたのです。日本にいながら日本の新聞だけを読んでいたら、トヨタの危機についてつい最近まで知らずに過ごしていたかもしれません。
トヨタに対する逆風が強まった背景には、ロサンゼルス・タイムズの特報がありました。トヨタはロサンゼルス・タイムズの報道を否定し、対決する姿勢を見せるだけでした。「電子制御システムに不具合があるかどうか現時点では不明だが、真相究明に全力を上げる」と言えば良かったのですが、すでに時遅し。
蛇足ですが、ラザラス記者は数週間前にドラッカースクール主催のシンポジウムに呼ばれ、講演しました。わたしは講演を聞くつもりだったのですが、忙しくて行けませんでした。残念です。同じジャーナリストしとしていつか同記者に会いたいと思っています。
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